子どものときの話。1番つらかったこと🥲 Japanese Listening Practice
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Japanese
皆さんこんにちは!Bite size Japaneseのレイラです。
元気ですか?
今日のエピソードでは、
私の子供時代。子供だった時の話をしてみようかなと思います。
今日ね、なんか、何を話したらいいか分かんなくって、
Chat GPTに、 「何話したらいいと思いますか?」って
聞いたら、「レイラさんの人柄」
人柄っていうのは、性格。
どんな人かが分かるようなエピソードはどうかな?
例えば、子供時代の話とか、好きな食べ物、嫌いな食べ物とか
どうかな?って言われて、
「うん、確かにいいかも」と思って、
今日は、子供時代の話をしてみようかなと思います。
今回は、台本は作ってないんですね。
台本っていうのは、話す前に準備する
何を話すかとか、リストにして、書いてるものですね。
それを全然作ってません。
一応、何もないのは怖いなと思ったので、
私の子供時代、話したいこと4つリストを
自分で簡単に作りました。
一つ目が、貧しかったこと。
2つ目は、勉強はできた。
3つ目が、周りになじむので、必死。
「周り」っていうのは、自分の周りの人ですね。
「なじむ」っていうのは、一緒になるとか
同じになるっていう意味です。
「必死」っていうのは、それがむちゃむちゃ大変で、
頑張っているという意味ですね。
「周りになじむので、必死だった」
で、4つ目が、お母さんの介護ですね。
お母さんが、介護が必要でした。
介護っていうのは、生活が普通にできないので、
助けが必要だったんですね。
すごい重い病気でしたね。
もう10年以上ずっとそんな感じでしたね。
7年前に亡くなったんですけどね。
で、私の父はずっとそういう母のお世話をしてて、
仕事がないって感じ?
まあ、なかなか、つらかったんですよね。
じゃあ、なので、今日は、自分の子供時代の話を
したいなと思うんですけど、
足がかゆいな...笑
今日は、編集をできるだけ少なくしたいなと思うので、
なんか、変なこと言っても、
そのまま、続けて話そうかなと思っています。その方が、
すごく自然な、多分、会話、話?話ができると思うので、
まあね、私は子供時代は、すごく貧しい家庭で過ごしました。
貧しい家だったんですね。
父と母と妹と私の4人家族で、アパートで暮らしてたんだけど、
確かに、物やお金は、うーん、あんまりなかった。
いや、お金はあんまりなかったんだけど、
家にゴミ?物は、たくさんあったんですよね。
というのは、私の母が昔、本当私がもう0歳2歳3歳とか
それぐらい昔、すごい、元気だった時は
買い物が好きで、趣味も多かったし、旅行も大好きで
いろんなものを買って、例えば、ミシンを買って服を作ったり、
ビーズを買って指輪を作ったり、
いろんな趣味があったんですね。
それで、家に物がたくさんありました。
だけど、掃除ができない人だったし、
私の父も、本当に物が捨てられない人で、
まあ、かなり変わっている人なんですけど、
環境を変えるのが苦手な人なんですね。
なので、破れた服、普通だったら、すぐ捨てるような服を
10年、20年、着ていたり、
本当に、自分のいつもと違う服を着たり
いつもと違うものを食べたり、
いつもと違うことをするっていうのが、
すごい怖いらしいんですね。なので、
本当に、家の掃除をする人がいなくて、
本当に物が多かったです。恥ずかしいぐらい。
だから、友達は家に呼べなかった。家に友達、呼べなくて、
それが、すごい悲しいなって思ってました。
恥ずかしいし、悲しい。
だけど、私が大学生になったぐらいからかな。
自分の時間ができたので、
私がむちゃむちゃ掃除と片付けを頑張って、
物をほとんど捨てました。
むちゃむちゃ時間かかったよ。
ゴミ袋、何袋かな?
100?200、300ぐらいあるんじゃない?
3年、4年ぐらいかけて、少しずつものを捨てて、綺麗にして、
今では、物は、かなり少なくなっています。
まあ、そういうことがありましたね。
で、やっぱり母が病気だったし、
父が仕事をしてなかったので、
本当に、あの、お金がなかったですし、
父がやっぱり買い物とか苦手な人なんですね。
本当に物を買うとか、
そういう人が多い場所に行くのが、すごい苦手で、
だから、私の服とかね、かわいいえんぴつとか、ふで箱とかも
自分で父に、「お金ちょうだい」って言って、
少しもらって、買いに行ったりしてました。
できるだけ、友達と似てる服とか、えんぴつとかを持って
「みんなと一緒になりたい」みたいな感じ。
これですね、「周りになじむので必死」
「みんなと一緒になりたい」っていう気持ちが、
ものすごく強くありましたね。
しんどかった。正直、周りに合わせないで、
自分のペースで生きていけたら、本当に楽なんだけど、
それって、すごい大変ですよね。そんな感じでしたね。
だけど、勉強はすごくよくできたんですよね。
私の父も母も、すごく頭がいい人で、
本とかも、すごいたくさんあったし、
あと、家にテレビがなかったですね。
テレビってさ、ずっとついてて、なんか自分で考えなくても
テレビがいろんな面白いことを、見せてくれたりしますよね。
で、それが私の父が、むちゃくちゃ嫌だったので、
小さい(ちっちゃい)時にテレビ捨てられて、
家にテレビもなかったから、
まあ、外で遊んだり、絵を描いたり、本を読んだりしてて、
だから勉強もすごく、私はできたんですよね。
結構、真面目な性格、素直だったから、
学校に行くと、先生が「勉強しなさい」って言いますよね。
それを聞いて、「しないといけないんだ!」って思って
素直に勉強してました。
だから、中学校も高校も、ずっと成績は
その学年、その同い年の子の中で、いつもトップ5とか
本当にそれぐらい、学校の成績は良かったですね。
だけど、父や母に勉強しなさいとか言われたことは、
本当になくて、まあ、なんか、子供時代は本当に辛かったかな。
やっぱり、自分の家庭が、他の友達の家庭・家と
違うっていうのが、なんか、なかなか受け入れられなかった。
「それがダメなことだ」「ダメなんだ」
「嫌なんだ」っていう気持ちが、すごいあって、
それが、つらかったかなぁ。
あと、母の介護ですね。
母の病気は、いろんな悪い病気が最後、
合わさってしまったんだけど、もともとの病気は、
多分、脊髄・骨の中に、すごい大事な、なんていうの
神経、ありますよね?あそこの病気で、
で、歩けなくなって、自分でトイレにも行けない。
手も、しびれて、痛くて、動かせない。
で、本当に、普通の生活が、何もできなくなって、
途中からは、もう、いろんなことを忘れる。
私の名前とか、家族の名前も、一回忘れちゃったことがあって、
思い出したら、本当に辛くなるんだけど....
なんか、思い出したら涙が出てきて、
数分間、話せなくなってしまったので、
その部分は、カットします。
本当に辛かったんですよね。
今は、母が亡くなってしまって、
だけど、お母さんのことも、お父さんのことも、
本当に大好きで、やっぱり母と父が、
他の人と違うっていうのも、自分の中では悲しい。
つらい。なんで、母や父が、人からこんなふうに言われないといけないんだろう。
「なんで、私のおじいちゃん・おばあちゃんや、親戚は、
父や母のことを、悪く言うんだろう...」みたいな
そういう気持ちも、すごいありました。
今、父は60歳なんですけど、これから、まだ人生があるので、
私が支えて、お金も、家も、全部、私が支えていきたいなって
本当に、強く思ってます。
これから、ポッドキャスト、頑張ったり、
オーストラリアに引っ越した時に、仕事を頑張って見つけて、
たくさん稼いで、父や妹をお金で、サポートしたいなって
すごい、本当に思ってて、
やっぱり、「自分の家族を守りたい」っていう気持ちが
ものすごく強くあります。
なんか、妹の話が、全然できてないんだけど笑
妹もすごく変わった子で、でも、すごくいい子です。
昔は、たくさんケンカもして、仲良くなかったんだけど、
特に、この5年ぐらいかな?
2人とも、ちょっと大人になってきて、
ちょっと仲良くなってきて、困った時とか
いろんな相談をしたり、
電話をしたり、できるようになってきて、
本当に、妹のことも大事にしたいし、サポートしたいなって
本当に思いますね。
はい、まあこんな感じです笑
なんか、途中で泣いてしまったのが、ダメだな。
しょうがないですね、
普段は、他の人とといるときは、
私は、全然、泣くタイプではないんですけど、
今、家に一人でいるし、しょうがないですね笑
じゃあ、こんな感じです!
本当にみなさん、最後まで聴いてくれてありがとうございます!
もし、このポッドキャスト、サポートしたかったら、
私のPatreon、メンバーシップがあるので、
もし入ってくれると、嬉しいです!
入ってくれなくても、こうやって聞いてくれるだけで
すごい嬉しいし、皆さんが一回聞くと
0.2円か、何円か、分かんないけど、YouTubeの広告で、
私にお金が入ってくるので、本当にありがとうございます!
これからも、ぜひ、よろしくお願いします!
じゃあ、皆さんお疲れ様でした!
良い一日を。またね!バイバイ!
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